映画を書くと頭が疲れる

観るものです。

『イット・フォローズ(It Follows)』(2014年)感想・ネタバレ

監督:デヴィッド・ロバート・ミッチェル



友人に勧められて観てみました。
そういえば話題になっていた気がする。

繊細さの演出や繊細さを表したショットが、今どきというかありがちで、そんな悠長な事やってる時間は映画には無いぞと思うのですが、むしろそこがウケてるのかもしれません。


設定上ずっと移動しなければいけないというのが、この映画の物語においても、ホラーというジャンル的にも意味を成していて、面白い移動映画です。
(面白い移動映画には、他にも『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年)があります。特にどこに行くでもなく、物語のためでもなく、ひたすらアクションのためにピアーズ・ブロスナンが移動します。)



この映画には、「それ」の正体についての考察レビューが沢山あって、「それ」が性病のメタファーというのを読んだのですが、性病のメタファーだったらもっと違う方法で描いたはずです。ティーンエイジャーのSEXパンデミックものとか、そういう方向になるんじゃないでしょうか。
「それ」がボーイフレンドについてて、「誰と寝たの!」「見えるってことはおまえも寝たんだろ!」や、アメフトのキャプテンが「それ」つきだと噂されてスクールカースト下位の女の子に声掛けるんだけど「「それ」がついてなくてもあんたなんかお断り!」ってやられたりするような。
適当に書いてますが。



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今どきな繊細さで演出された描写やショット(回りくどくてすみません。あれを繊細だとは言いたくない)、映画冒頭に出てくる家を飛び出す下着姿の女の子と父親のやりとり、ヒューの空っぽの家、家にいられなくて何度も家を出ていく描写、クライマックスで遭遇するジェイの父親の姿をした「それ」など、数え出したらきりがないぐらいジェイの過去のトラウマを想像させる描写がたくさんあります。
ジェイが草で傷を可視化してみせたり、「それ」が父親の姿をしていることを言いたがらなかったり、度々映る奇妙に古風な家族写真もそうです。


それらの描写と、なぜジェイを中心にして「それ」を見るのかについて考えれば、「それ」が映画が始まる以前の彼女の身に起きた性に関するトラウマの可視化だと分かるはずです。
ヒューとのデートで二人は近場の誰かに成りかわり、相手が誰になっているかの正体当てゲームをしますが、ジェイが誰に成りかわっているのかを当てる前に場面が変わってしまう(トラウマの可視化である「それ」をヒューが彼女の入れかわりだと言う)のは、彼女が既に過去のトラウマにより自身を偽って生きているからに他なりません。
また、グレッグの「(ジェイに)償いたい」という台詞と、ジェイの「彼とは前に寝たことがある」という台詞はつながっていて、グレッグはジェイに償わなければならないようなことを過去にしたことがわかります。
ジェイには、父親からの性暴力の他にも性暴力の被害にあった過去があるのです。


物語の流れからもわかります。
グレッグの死体をグレッグの母親の姿をした「それ」が犯してみせ(家族からのレイプ)、その後ジェイは、海に入り自らレイプをされに行き(過去の被害の追認)、屋根の上に立つ全裸の父親の姿をした「それ」を黙って見つめるのです(トラウマの自覚)。



映画終盤の、決して傷を負ったり、そのトラウマが蘇ったりしない、何も変わらないポールとのセックスは、ジェイの知らなかった愛のあるセックスです。
二人が手を繋いで歩く最後の描写は、死に直面するような危機から脱したジェイが、でも決して消え去ってはしまわない過去のトラウマを後ろに連れて、ポールと歩いていく様子を表しています。
ポールが車で娼婦の脇を通る描写も、いつの事柄か曖昧な描写ですが、性にまつわるポールのトラウマのようにも思えます。
誰しもが抱える性にまつわるトラウマと愛、そこには死と生が直結しています。



かなり優等生的な作りのホラー映画です。古風というか普遍的な題材を、今どきな描写でシンプルに描いています。