映画を書くと頭が疲れる

観るものです。

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017年)感想・ネタバレ

監督:スティーヴン・スピルバーグ

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決断に迷い苦悩するキャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)と、彼女を取り囲む男たちを収めた、まるで宗教画のように統制された構図のショット。路面の売店脇で強風の中横並びで新聞を捲る3人の男をコミカルに収めたポップでデザイン的なショット。人と紙で溢れかえる家の中をカメラが動き回り、計算されたテンポとタイミングで人が出入りする長回し。まるでミュージカルのワンシーンのように、匿名の男たちがリズミカルに新聞をトラックに積み込む場面などが、ブルーカラー(生産労働者)を思わせるブルーグレーを基調としたクラシカルな世界感で統一され、どれも悪目立ちすることなく映画に溶け込んでいることに驚く。

スピルバーグのフィルモグラフィの中で、何度も映画のメタファーとして描かれた四角い光(今回はコピー機の原稿ガラス)が、これまた何度も描かれたアンタッチャブルな存在(ペンタゴン・ペーパーズ)を照らすと、それが自ら動き出したかのように次々と人の手に渡り、バトンとなって決断のリレーが始まる。
このリレーによって明らかになるキャサリンの勇気や、その決断に下された判決が伝えられた際に皆で共有する報道の意義や貴さなどはあっさり台詞で説明されており、観客はそれらをわざわざ画面から読み取る必要はない。

既に多くの人があらすじを知っている実話に、更に説明台詞を挿入することで、不理解から生じる観客のフラストレーションを軽減し、その結果意識の多くが画面に向かい、何気ない場面やショットの充実が、そのまま観客の満足感に繋がるように出来ている。

簡単なことのように思えるが、この画面の充実のさせ方が凄まじく、これが出来るには美術的なセンスだけではなく、何が画面の充実に貢献するかについて、あらゆる角度で自覚的でなくてはならない。
宗教画やデザイン画のようなショットもそうだが、カートゥーンのキャラクターのようなキャラ立ちした風貌の脇役と、シリアスな面相の脇役をどう配置するかだとか、トム・ハンクスにポーズをとらせ、そのショットをどう撮るか何回やるかといった、芸術性やエンターテイメント性などから必要な要素を抜き出し、それら不統一な要素のミックスで画面を充実させ、それぞれが突出することなく継続し、一つの映画としてまとまるようにコントロールしなくてはならないのだ。
それが出来るのも、そこを目指すのも、スピルバーグ以外ちょっと考えられないと思う映画だった。

スピルバーグが到達したこの前人未到の領域は、一回だけのまぐれでは無い。
確実にスピルバーグはその方法を体得している。