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映画を書くと頭が疲れる

観るものです。

『ブリッジ・オブ・スパイ』(2015年)感想・ネタバレ

監督:スティーヴン・スピルバーグ

この映画は、スパイものでも、男の友情ものでも、英雄ものでも、冷戦ものでもなく、言うなれば法ものです。今回も法ものなのです。

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この法の話を、スピルバーグは手をかえ品をかえ描き続けています。
その多くは、法のもとで虐げられるもの、法の外にいるもの(生者・死者・恐竜・ロボット・異星人など)の話なのですが、今回は自らの信念により結果的に法を越えるものの話です。
物語冒頭、アメリカでアメリカの法律を語るアメリカ人弁護士ジェームズ・ドノヴァンは、物語終盤では、肩書きも曖昧な者となり、法の境界線上に佇んでいました。肩書きを消失し、無法地帯へ赴くという、このドノヴァンの変容は、物語では悲劇的に描かれることが多いように思うのですが、この物語では偉業を成し遂げるための変容として描かれています。スピルバーグ映画の系譜では、『未知との遭遇』(1977年)のロイ、『A.I.』(2001年)のジゴロ・ジョーに連なる人物ですが、彼らが元の地には戻らないのに対し、ドノヴァンは元の地に戻ります。この違いは、『ブリッジ・オブ・スパイ』で描かれた此方と彼方、何方にも続く法の世界と関係しているのかもしれません。グリーニッケ橋にかかるアーチは、まるで鏡の縁のように、どこまでも続く法の世界を媒介しているのです。

巷では、スピルバーグには娯楽系とシリアス系の二系統があるだとか、白いスピルバーグと黒いスピルバーグがいるだとか言われていますが、この映画は、その手のカテゴライズが難しいように思います。強いて言えば、白いスピルバーグによるシリアスな題材をもとにした娯楽作品でしょうか。
2時間22分という長尺を、退屈しないように、でも一面的な盛り上がりは見せないように注意深く作られています。
ルドルフ・アベルがスパイ交換のために独房から出される時に映った少女の絵は何なのか。スパイ交換のニュース映像に実際のフランシス・ゲイリー・パワーズの写真を使用しているのはなぜか。など、まだ分かっていないところもありますし、『リンカーン』(2012年)をふまえて書かないといけないことも分かっているのですが、うだうだやっているといつまで経ってもスピルバーグ作品が書けないので、無理矢理書きました。この映画で示される1957年といえば、『戦場にかける橋』(1957年)があって、タイトルからしてあれなので見ておこうかとも思いましたが、収拾がつかなくなるので止めました。近々見ます。

あと、皆さんご心配のジョン・ウィリアムズは、一時的に体調を崩していたらしく、次回作ではまた一緒にやるみたいですよ。